最近のお気に入り
(バックナンバー15)

CD、小説、映画など流行に関係なく、また新旧を問わず
最近気に入ったものを紹介します。

MUSIC=音楽関係 BOOKS=書籍関係 MOVIE=映像関係



 MUSICANTHOLOGIA:THE 20TH ANNIVERSARY GEFFEN YEARS
   COLLECTION(1982−1990)/ASIA
     やたら長いタイトル通り(しかもそのまんま)、エイジアのデビューから20年を記念した
     編集盤である。2枚組で、これまた文字通り、彼らがゲフィン・レコードに所属していた
     8年間に発表したオリジナル・アルバム3枚の全曲に企画盤の収録曲プラスシングルB面曲
     やカセットのみに収録された曲なども収めて合計36曲、これ一枚でエイジアの公式発表曲
     は全て聴けてしまうというお得盤なのだ。コツコツとアルバムやシングルを揃えていた人
     からは、今までの苦労は何だったんだ、という怒りの声が聞こえてきそうだが(笑)、僕の
     ようにエイジアは一枚も持っていない人間からすると、非常においしいアルバムである。
     で、通して聴いてみたら、エイジアって結構いいじゃん、と思ってしまった(笑)
     エイジアについて詳しく解説するのは紙面の都合もあり(笑)割愛するが
     (当サイト「みんなの名盤」の「産業ロックを知るための10枚」をご覧下さい)、
     彼らの1stは大ベストセラーになったのである。成功の原因は、プログレ出身らしい
     大仰さを残しながらもポップセンスを前面に押し出した事だろう。実の所、僕も決して
     エイジア肯定派ではなかったのだが、それでも20年振りに聴いた1stの出来の良さに
     驚いてしまった。曲の良さもさることながら、格調の高さを感じさせるアレンジが
     素晴らしいし(カール・パーマーがブチ壊している感がなきにしもあらず、だが)、
     長くなりがちな曲をコンパクトにまとめたセンスもいい。スティーブ・ハウの作った曲が
     特に出来が良く、70年代後半のイエスを彷彿とさせたりもする。発表当時は、プログレの
     おいしい所だけを拾ったイメージ戦略の勝利、みたいに思えたけど、今の耳で聴いてみる
     と全く気にならない。こういうタイプのバンドが、現在では仲々お目にかかれないせいも
     あるだろう。いやぁ、大したもんだ。さすがベテラン、売れ線狙いみたいだけどちゃんと
     ポリシーは感じられる。正直言って、エイジアを見直した(笑)
     この1stに比べると続く2作は今イチかな。よりポップになったというか、女子供ウケしそう
     な曲ばかりになった2nd(でも、「ドント・クライ」はいい曲だ)、ギターがスティーブ・ハウ
     からマンディ・メイヤーに代わり益々AORに接近してしまった3rd、ここまで来るとそれこそ
     単なる売れ筋ロックでしかない。やはり、エイジアの1stが売れたのは曲が良かったから、
     なんて単純な理由だけではない。ポップさとプログレっぽさの絶妙なブレンドがあった
     からだ。そんな事をエイジアの8年間を一気に聴いてみて感じた次第である。
     しかし、エイジアの1stが出てから、もう20年経ってしまったとは...あの頃は若かった
     なぁ(遠い目)...

NOTE 2002.9.18



 MUSICI AM SAM(OST)
     内容については全く知らないが、ショーン・ペンとミッシェル・ファイファーが出ている
     映画のサントラだそうだ。全編アメリカのオルタナ系ロッカーたちによるビートルズ・カバー
     である。
     ビートルズのカバーの場合、とにかく原曲がよく出来ているので、よほどのことがない限り
     悪かろうはずがない。サラ・マクラクラン、シェリル・クロウ、エディ・ベダー、ヘザー・ノバ、
     ウォールフラワーズ等々現代のアメリカン・ロック・シーンの中枢を担う面々が勢揃いし、
     それぞれの持ち味を生かしてビートルズの名曲群に取り組み、どれもなかなかの好演で
     ある。今回はアコースティックな雰囲気のカバー集にする、というコンセプトがあるらしく、
     「ブラックバード」「マザー・ネイチャーズ・サン」「悲しみはぶっとばせ」「トゥー・オブ・アス」
     などもろアコースティックな曲から、原曲とはやや雰囲気の違う「アイム・オンリー・スリーピング」
     「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」
     に至るまで、全てアコースティック楽器を中心にしたアレンジで収められており、統一感も
     あっていい感じだ。ほんと、聴いてて和んでくる(笑)下手なヒーリング系コンピよりずっと
     “癒される”と思うよ。
     こういったアルバムを聴くと、いつも改めてビートルズの凄さに気づかされるのだが、
     原曲に負けてない好カバーといえば、バインズ、ブラッククロウズ、シェリル・クロウあたりかな。
     でも、全体的な水準は高いカバー・アルバムと思う。この秋お薦めの一枚です(笑)

NOTE 2002.9.14



 MUSICBACK TO THEN/DARIUS RUCKER
     名前を聞いてもピンとこない人の方が多いと思うが、フーティー&ザ・ブロウフィッシュの
     ボーリストの初ソロ・アルバムである。本体フーティーがしばらく休業している間に、2年
     かけて本作を完成させたそうだ。さすがに、じっくりと時間をかけた作っただけの事はある
     力作である。
     一聴すると、フーティーのサウンドとはかなり趣の違うR&B風である。それも、僕などは
     名前すら聞いたことのない、現代アメリカのR&B界を代表する新進気鋭の若手プロ
     デューサーたちと組んでの作品だ。正直な所、これがあのダリアス・ラッカーかと、戸惑って
     しまうくらい。サウンドも当然のことながら今時のクールなR&Bだし、ラッカーの声まで
     別人のように聞こえて、なんだか馴染めないものを感じてしまった。
     が、しかし、何度か聴いていると、ふと見えてくるものがある。まずはサウンド。CDの
     ライナー(ちなみに、僕が最も信頼しているライターの矢口清治氏が執筆している)によると、
     このアルバムに関わったプロデューサー、ミュージシャンたちは、“ネオ・フィリー”と
     呼ばれる一派に属する人たちらしい。往年のフィリー・ソウルの精神を現代に引き継いで
     いる人たちな訳だ。お洒落で小粋でポップでゴージャスでダンサブルだったかつての
     フィリー・ソウル、それを現代に甦らせようとしている人たちの作る音には、やはりそれなりの
     ポリシーがある。打ち込みで作られた部分が多いのは確かだけど、最初にバック・トラック
     ありき、みたいな風潮の昨今のR&Bとは異なり、ボーカル主体、メロディ重視の姿勢が
     感じられるのだ。良くも悪くも昔のフィリーみたいな軽さはないけど、曲のあちこちに
     かつてのフィリーやそれ以外のソウルのパターンもしっかり生かされており、決して馴染め
     ない音ではない。
     となると、ラッカーの歌も実に魅力的だ。フーティー&ザ・ブロウフィッシュの魅力の大半は
     この人の声にあると言ってもいいくらい素晴らしい声を持つ人だけに、フーティーとは
     180度異なるサウンドであっても、しっかり自己主張している。プロデューサーたちも彼の声を
     最大限に生かす事だけを考えて作ったような感じ。小さい頃から大好きだったという
     R&Bを歌ってレコードを作る、というプリミティブな喜びも伝わってくる。アルバム・タイトル
     はその表れか。とにかく、聴けば聴くほど味わい深いアルバムだ。
     しかし、素晴らしい声を持つ人だけに、ベスト・トラックは隠しトラックとして収録されている
     「テン・イヤーズ」のピアノの伴奏だけで歌うバージョンだろう。毎度の事で申し訳ないが(笑)
     やはり人間の声に勝る楽器はない、ということを改めて感じさせる。ほんとに、いい声だ。
     う〜ん、素晴らしい。
     聞けば、本体フーティーの実に4年振りとなる新作も完成しており、秋口には発売される
     見込みらしい。こちらも大変楽しみだ。ラッカーの奥深い魅力を持つソロ・アルバムに
     どっぷり浸りながら待つことにしよう。

NOTE 2002.8.31



 MUSICSWEET LOVE/THE VERY BEST OF ANITA BAKER
     ここ数年とんと名前を聞かないアニタ・ベイカーだが、いきなりベスト盤が出た。一説では
     レコード会社のリストラ対象になっているなんて噂もあり、人気絶頂の頃を知っている者
     としては非常に寂しい限りだが、このベスト盤でそのシルクの歌声に酔いつつ、復活を
     待つことにしよう。
     彼女が彗星の如くポップ・ミュージック・シーンに登場したのは80年代半ば頃と記憶して
     いるが、打ち込み中心のサウンドが主流だったブラック・コンテンポラリーにあって、
     アニタ・ベイカーの音楽は異彩を放っていたと言っていい。ジャズのテイストが感じられる
     音楽性、人力による高度な演奏、そしてシルクの手触りの如く繊細でしなやかで且つ力強い
     歌声...当時だって特に目新しい事をやっているとは思えなかったけど、そのどれもが
     素晴らしく、仕掛けやアイデアなど眼中にない純粋な音楽というものを感じる事が出来た。
     どれも同じに聞こえるのでブラコンはほとんど聴かなかった僕でさえ、アニタ・ベイカーは
     割と熱心に聴いていたのはそのせいだろう。今聴いても全く古びていない、一級品の
     ポップ・ミュージックだ。普遍的な音楽の素晴らしさは、結局テクノロジーを排除した所に
     生まれる。人間の声に勝る楽器はなく、また人力演奏こそが得も言われぬグルーブを
     醸し出すのだ。アニタ・ベイカーの音楽は、そんな基本的な事を改めて教えてくれる。
     収録された曲は大半がシングル曲で、どれもミディアムの似たような雰囲気の曲と言えなく
     もないのだが、アニタ・ベイカーの圧倒的な歌声の前では、そんなことどうでもよくなって
     しまう。ちっとも飽きさせずに最後まで聴かせてしまうのだ。これは凄いことである。
     そんな中で唯一面白くないのが、ジェームス・イングラムとデュエットしている、映画『彼と
     彼女の第二章』のテーマ曲で、流行りのフォーマットに乗っ取った曲調とアレンジで、
     彼女の魅力が半減している。イングラムのような軟弱ブラコン野郎(笑)にはぴったりの
     世界だけど、アニタ・ベイカーにとっては相性が良くないようだ。彼女には独自の世界が
     あり、ひたすらその世界を追求し続けていった訳だけど、そのこだわりが強みでもあり、
     また弱点であったのかもしれない。そういう点では、ヒップホップが完全に主導権を握った
     90年代のポップ・シーンには彼女の居場所はなかったかも、なんて思える。残念だけど。
     とはいえ、彼女の素晴らしさが色褪せる訳ではない。アニタ・ベイカーがメジャーになった
     80年代の時と同じく、純粋な音楽の素晴らしさで復活し、ヒップホップ系ブラコンに鉄槌を
     下してくれる事を期待してやまない。

NOTE 2002.8.27



 MUSICLAURA NYRO LIVE/THE LOOM’S DESIRE
     1997年に卵巣癌で亡くなったローラ・ニーロが生前残していたライブ音源である。2枚組で、
     Disc−1は1993年、Disc−2は1994年、どちらもクリスマス・イブ、場所も同じ
     ニューヨークのボトムラインでの録音が収録されている。
     で、これがまた実に素晴らしいのだ。どちらの録音もローラ自身のピアノと歌、そして
     女性コーラスだけ、というシンプルきわまりない演奏なのだが、シンプルであるが故に
     より一層彼女の歌に引きずり込まれていく。60年代終わりから70年代初めにかけて、
     優れたアルバムを連発していた頃のような切れば血が滴るような激しさはないが、代わりに
     穏やかな包み込むような優しさに満ちている。ライナーにもある通り、彼女の豊潤な歌声
     が堪能出来るのだ。収録されている曲の大半が、生前最後のアルバムとなった『抱擁』
     からのものだが、若い頃とは作風も変わり、メロディ・歌詞・歌唱・サウンドどれもが洗練
     された穏やかさに溢れた作品を発表していた時期でもあり、その雰囲気をピアノの弾き語り
     というシンプルな形で見事に再現している。正に大人の女性による大人に向けた音楽。
     説得力十分だ。レコード会社も“癒し系”ミュージシャンにローラをリストアップして、もっと
     プッシュしたらどうか、なんて思ってしまう(笑)“癒し系”という言葉は嫌いだけど、
     多くの人がローラ・ニーロの魅力に気づいてくれるなら手段は問いません(爆)
     1994年2月にローラは来日公演を行ったが、このライブ盤を聴くと、短いけれど中味の
     濃かったコンサートを思い出す。ローラが生前活動を共にしていた女性が書いたライナーに
     よると、ローラは1993年以降レーベルを設立し、積極的にレコーディングやツアーの
     計画をたてていたそうだ。今回のライブ盤や去年陽の目を見た生前の録音『エンジェル・
     イン・ザ・ダーク』を聴くと、その頃の彼女は本当に創作意欲に溢れ、充実していたのだな、
     という事がよく分かる。志半ばで病に倒れ、さぞかし無念だっであろう。惜しい人を亡くした
     ものだと改めて思う。この素晴らしいライブ盤に浸りつつ、冥福を祈りたい。

NOTE 2002.8.13



 MUSICP.M.9/矢沢永吉
     こないだまでやっていたしりとりの影響か(笑)このところJ−POPづいているようだ。
     で、今回は永ちゃんなのである。先月ワーナー時代のベスト盤『E.Y 80’s』を買いこんで
     ハマってしまったのに続き、またしてもワーナー時代のアルバムを買ってしまった。この
     『P.M.9』は1982年発表、大学の寮で一緒だった友人が当時毎日のようにかけていた
     アルバムで、妙に思い出のある一枚だったりするのだ(笑)コヤマ君、元気かな(←実名
     だすなよ)
     しかし、20年も前の作品とは信じられないくらい、今も変わらぬカッコ良さに溢れた
     アルバムだ。ワーナー在籍時のシングルを網羅した『E.Y 80’s』は、歌手そして作曲家
     としての矢沢永吉の力量が再認識出来るアルバムだけど、『P.M.9』はウェスト・コースト
     の腕利きたち(ジェフ・ポーカロ、スティーブ・ルカサー、アンドリュー・ゴールド、ビル・
     ペイン等々)をバックに従えたサウンドの素晴らしさもあって、ロッカー・矢沢の魅力を
     十二分に味わえる。彼の代表作といってもいいのでは(間違いなく30枚以上は出ている
     であろう、矢沢永吉のアルバムを全て聴いた訳ではないのだけれど)。一曲目の
     「Without You」のカッコ良さからしてもう言葉もない。素晴らしいの一言だ。
     20年前に出たこのアルバムが古びていないもうひとつの理由は、おそらく当時も今も
     矢沢永吉のイメージに変化がないからだろう。その言動や生き様ばかりがクローズアップ
     され、音楽家としての正当な評価は受けていないのでは、なんて思える矢沢だが、割に
     オーソドックスなロッカーとしてのスタイルは早い段階で完成されており、その上で
     ミュージシャンとして成熟を重ね上手に年をとってきた、というのは実に素晴らしい事だ。
     このアルバムの曲を今の矢沢が歌っても、全く違和感はないものと思われる。その音楽
     にも本人にも時を越えた普遍性が感じられるのだ。真に才能あるミュージシャンだから
     こそ成し得るマジックである。
     矢沢永吉はもっとその音楽を語られてもいい人である。今も昔も変わらぬ人気があるのは、
     前述したようにミュージシャンとしての力量が背景にあるからだ。見た目がカッコ良くても、
     それだけでは30年の長きに渡って人気を維持する事は不可能だろう(むろん、時代を
     読む目というのも必要だけどね)。こうしてみると、日本のロック界にも凄い人はいるもんだ、
     と改めて感じ入る今日この頃なのである。これもJ−POPしりとりの影響か?(笑)

NOTE 2002.8.8



 MUSICAB’S BEST COLLECTION 〜MOON YEARS〜
     AB’Sといっても知らない人の方が多いだろう。バンド名は“エイビーズ”と読む。
     元SHOGUNの芳野藤丸を中心に結成され、1983年に山下達郎も所属したムーン・
     レーペルから1stアルバムを発表した。メンバーチェンジがあったりしたが、1988年
     まで活動を続け、アルバム4枚とシングル2枚を残している。ちなみに、バンド名は
     結成時のメンバーの血液型に由来するらしい。
     その知る人ぞ知るAB’Sのベスト盤である。正直言うと、僕もちゃんと聴いたのは初めて
     かもしれない。友人で当時AB’Sをよく聴いてるのがいたので名前は知ってたし、一曲や
     二曲は耳にした事もあった。が、当時の僕の趣味とははずれていたのだろう。全くと
     言っていいほど印象にない。
     そんなAB’Sだが、今こうして聴いてみると仲々良い。80年代初頭のフュージョンや
     AORの影響が強い音である。渇いた音色のギターのカッティング、シンコペーション
     ビシバシのリズム隊、クリアなトーンで雰囲気を演出するかのようなギターソロ、心地よく
     お洒落なシティ・ポップスといった趣だ。同時期人気のあった杉山清貴&オメガトライブ
     に通じるものがあるかもしれない。ま、オメガほど歌謡曲に接近してはいないのだけど、
     一般にウケるか否かの分かれ目は、そこいらだったような気もする。
     あの頃はやや軟弱な音という印象を持っていたが、どうしてどうして非常にクールで
     ストイックな雰囲気だ。今ならもっと注目されるかもしれない。早すぎた、って訳だ。
     彼らに限らず、80年代にはヒットこそ出ないものの、洋楽の要素を独自に消化した日本語の
     音楽を追求したバンドが数多くいた。70年代のバンドとはひと味違い、かなりポップな
     試みをしていたのが特徴でもあったと思う。80年代後半の日本におけるロックバンドたち
     の大ブレークは、実は彼らの早すぎたチャレンジが実を結んだものなのではないだろうか。
     てな事を考えてしまうほど、このAB’Sは魅力的だ。日本のロックが様々に形を変えながら
     成熟していく過程において、重要な存在だったと言っていいだろう。
     今こそ、再評価されるべきバンドである。

NOTE 2002.8.1



 BOOKSOUT(全2巻)/桐野夏生
     発表された時かなり話題になったので、覚えている人も多いだろう。1997年間ミステリー
     アンケートで一位に選ばれ、翌年日本推理作家協会賞を受賞した桐野夏生の出世作だ。
     テレビドラマにもなった。今年映画化され、10月に公開されるらしい。その傑作がついに
     文庫化されたという訳である。
     内容については改めて説明する必要はないかも。パート仲間が夫を殺してしまい、
     その死体の始末を引き受ける主婦が主人公で、彼女を軸に様々な登場人物が絡んでいく。
     信用金庫のベテランOLだった主人公は諸々の理由で辞めざるを得なくなり、失意のうちに
     弁当工場の夜勤をしている。夫や息子とは心が通わなくなって久しい。そんな中自分でも
     理由が分からないままに、仲間の夫の死体を解体して処理する。そして徐々に歯車が
     狂っていくのである。正に開けてはいけない扉を開けて、向こう側の世界を見てしまう訳だ。
     読み進むにつれ、主人公はこうなることを望んでいたのでは、なんて思えるほど次々に
     降りかかる難関に立ち向かう彼女の姿と心意気が実にカッコ良く、惚れ惚れしてしまう(笑)
     この小説が成功しているのは主人公が魅力的だからだ、というのは多分間違いない。
     積もり積もった不満を爆発させ一瞬のうちに夫を殺してしまう主婦にしてもそうだが、
     ちょっとした事で誰もが犯罪者になってしまう危険性を孕んだ現代の人間心理の怖さも
     十分に伝わってくる。動機なき犯罪者なんて今や実社会でも珍しくない。罪を犯す事を
     恐れるのではなく、犯してしまった時に自身でどう落とし前をつけるか、という事の方が
     大事になっているような気もする(これはすぐに自首しなさいという意味ではない)。我々は
     そういう危ない社会に生きている、ということなのだろう。小説だけの世界じゃないよ。
     とまあ、うだうだ書き連ねてみたが、とにかく一級品のクライムノベルである(この表現は
     適切ではないのか)。桐野夏生らしく、人物造形と心理描写は相変わらず素晴らしい。
     ラストはちょっと寂しすぎる気がするが、それ以外は文句なし、極上のエンタテインメント
     である。
     
NOTE 2002.7.26



 BOOKS悪魔のパス 天使のゴール/村上龍
     ワールドカップにあやかってか、自身もサッカー好きで知られる村上龍によるサッカー
     小説である。というか、サッカーを題材にした小説だ。舞台はイタリアのセリエA、メレーニア
     という弱小チームに所属する日本人プレーヤー夜羽冬二(やはねとうじ、と読むらしい)
     に依頼され、作家である“わたし”が、謎のドーピング事件を追う、というミステリー仕立て
     の内容である。メレーニアがペルージャ、そして夜羽が中田ヒデをモデルにしているのは
     誰にでも分かるだろう。とすると、主人公の“わたし”とは村上龍自身のことだろうか? 
     彼が中田ヒデと仲が良い、とは聞いたことないが(笑)
     ミステリー仕立てとはいうものの、謎は謎のまま終わってしまうし、あまり論理的展開も
     見せないので、はっきり言ってミステリーとしては食い足りない。小説の後半で延々と
     メレーニアvsユベントスの片や優勝、片やセリエA残留をかけた死闘が描かれているのを
     見てもお分かりのように、これはサッカーを楽しむ又はサッカーに触れる小説である。
     そして、その目的は100%達成されていると言っていい。
     小説の語り手でもある“わたし”の目を通じてセリエAの、そしてヨーロッパのサッカーが
     語られる。それが非常に興味深く且つ楽しい。“ゴールが決まった時スタジアムは揺れるが、
     そのゴールに繋がるラストパスが通った瞬間スタジアムは凍りつく”なんてのを読むと、
     知りもしないのにふむふむ、なんて頷いてしまったりする。ヨーロッパでは、日本とは全く
     異なる文化的土壌の上にサッカーが成立しており、サッカーは単なる娯楽ではなく、
     民族・宗教の代理戦争でもある。だから日本人には理解し難いほど、ヨーロッパの人々
     はサッカーに熱狂するのである。サッカーの為なら多少の事は大目に見られ、その裏で
     巨額の金やどす黒い陰謀が渦巻いたりする。知識はあるけど、実際に現地で肌で感じて
     みないと分からないそんなヨーロッパのサッカー事情が、さすがサッカー通として知られる
     だけあり、説得力のある文章で綴られていく。
     とは言ってるけど、そう難しい内容ではない。サッカー好きの作家が大好きなサッカーに
     ついて書いているだけだ。“わたし”=村上龍?の、美人と美味い酒が大好きな人生観も
     大いに語られているし。“男同士の友情が長続きする条件は二つある。ひとつは互いに
     依存しないこと、もうひとつは好きな女のタイプが違うことだ”てな文章があちこちに出て
     くるのを楽しみながら読めばいい。とことん村上龍が嫌い、という人でなければ十二分に
     楽しめるだろうと思います(笑)

NOTE 2002.7.23



 MUSICアシメントリー/スガシカオ
     スガシカオのこの曲、テレビドラマの主題歌だったらしい。普段テレビ(特にドラマ)は
     見ないので何とも言えないが、あまり明るい内容のドラマではないような気がする(笑)
     ま、この曲が暗い曲だという訳ではないが、相変わらず歌詞はシニカルだし、ストイックで
     マニアックなサウンドも脳天気なドラマには似つかわしくないように思うだけである。番組
     制作者は、どういう基準で主題歌を選ぶのだろうか。
     でもさすがスガシカオ、とても良い曲だ。ソウル(ファンク)を下敷きにした彼独特の
     サウンドも素晴らしい。3曲目にカラオケが収録されているのだが、これを聴くとその
     素晴らしさがはっきりする。アコースティック・ギターを絡ませたアレンジがまたいいのだが、
     ジャカジャカかき鳴らすのではなく、リフを刻んでいるのがカッコいい。今時の海の向こう
     のR&Bの方法論もしっかり彼なりに消化して、唯一無比のスガシカオ・サウンドに仕上げた
     といった所か。カップリング曲は一転して、ギターをジャカジャカ弾きながら歌うのんびり
     したムードで、これもまた良し。本当に大したものである。
     ドラマのバックでさわりしか流れないなんて、ほんと勿体ないくらいの曲だ。やはり部屋で
     じっくりと耳を傾けるべきだろう。スガシカオの音楽は単なるBGMになってしまう事を
     頑なに拒否しているような雰囲気がある。近頃ではちょっと珍しい人材かも。

NOTE 2002.7.13


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